こころの中の子どもの私

語り手のエピソードの大変だったことやしんどかったことなどが、自分と様々にリンクしているように感じて「あー、それめっちゃわかるー」ってなることありませんか?
私、最近会話の中でそう思ったあと、さらに
「あれ、こういうことってよくあるパターンなん?」という考えが浮かんできました。
…そう浮かんできたってことは、もともと自分の大変さとか、辛さってレアなケースだと
認識しているってことで、それはとても孤独な状態に自分を置いているようなものです。

でも、あるあるなのかも?!ってなったら、そこからだんだんこころが軽くポカポカしてきました。
この感覚って「ひとりじゃない」って安堵感に包まれてたってこと。

みんなそうなんだから我慢しなくちゃ。とか、よくある事なんだから大した事ない。とか、
そういった抑圧したり、軽く考えるといった意味ではなく、苦しい、辛い気持ちは自分しかわからない、誰にも理解してもらえないと孤独感をつのらせる必要はないんだ、共有できるんだ。という嬉しさがわいてきました。

あと、もうひとつそれとは別パターンでも似たような感覚を最近味わいました。

とても自信に満ちた様子の人に対して恐れている自分がいて、この人と私はきっと理解しあえないだろうなぁという思い込みが発動したことがありました。
その時に、少しだけ勇気を出し今の恐れをいったん傍に置いてみようかなと、
いつもとは違うパターンの行動をしたことで「理解しあえない」というその思い込みは「違うぞ」と気づきました。
自動的に出る恐れや思い込みを傍に置いたら、その人の事がより知りたくなったり、
あと、誰もがいろんな事を抱えながらも日々精一杯暮らしているという当たり前のことが見えてきました。
この時も「ひとりじゃないんだな」と思え、安心している私がいました。

独りじゃない。怖くない。
そんなことはわかっているのです。
でも、頭ではわかっていても、こころが納得していない。
とっさに出てしまう反応。
そんな感覚があると私は「あー、インナーチャイルドがなんか言ってる。」と思います。

で、インナーチャイルドを意識することは、自分に対して「本当はどう思っている?どうしたい?」
と、こころを見つめる良い機会だなぁとも。

なによりも、こころの中の子どもの私がニコニコしていると
大人の私も穏やかでより自由でいられるように思うのです。

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